エジプト・トルコ13日間の旅 メンフィス・サッカラ・他
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メイドゥーム
今日はツアー最後の観光です。昨日の飛行機の中ではオプショナルツアーには行かないという方もいましたが、どう見てもカイロからは遠いし治安も心配な状態であり自由行動を楽しむ状態にはないということから全員参加となりました。飛行機に積めるように荷物を整理してバスに積みこみ7時過ぎにはホテルを出発、カイロから南へ100`ほど離れた田舎の町に向かいました。このツアーではカイロ、ギザという大都市とは違う、エジプの地方都市と農村風景を少し垣間見ることが出来たように思います。
メイドゥームへ砂漠の道を走る メイドゥームのピラミッド 畑の中から見るメイドゥームのピラミッド
砂漠の道を走る、前を走る車はエジプトでは程度の良いほうの車、ひどいのはガタガタでも走っています。
何代かにわたり階段ピラミッドがつくられていたが、スネフェル王の時代から四角錐のものへと変化が起こり始めました。スネフェル王の最初のピラミッドは、メイドゥームにあるもので、現在は崩れて台形のバベルの塔のような形になっていまが元々はギザのピラミッドのような四角錐だったようです。写真拡大マーク写真右」
ダハシュール
メイドゥームからダハシュールへの道は砂漠を抜け、運河沿いを通り、町なかの雑踏をぬけて走ります。この間、観光警察の車が前後を走り護衛をしてくれます。生まれて初めて護衛つきでの観光をしました。
ダハシュールにはギザのピラミッドを作ったクフ王の父、スネフェル王が建造したと言われている二つのピラミッドがあります。 屈折ピラミッドは高さ50mの途中から角度が52度から43度に変わっています。角度が変わっている理由は諸説あり、メイデュームの真正ピラミッドが崩れて失敗したためとか、王の死が近いので工事を急いだからなどといわれているそうです。
赤のピラミッドは表面の化粧石がはがれて出てきた石が赤っぽい石が使われているため赤のピラミッドと言われています。断面が二等辺三角形の真正ピラミッドとしては最古のものだそうです。このピラミッドも中に入ることができ見学しました。内部は写真撮影は禁止で蒸し暑くてさらに臭いがひどく閉口しました。また傾斜もきつかったのか翌日から足が痛くて困りました。
前後を観光警察の護衛つきの観光 町中の雑踏 ナツメ椰子
写真拡大マーク前にパトカー後ろはジープで街中まで護衛してくれる観光警察
町中の雑踏、カイロとは全く違った風景です。
写真拡大マークナツメ椰子がいたるところにあり、実をつけていました。
屈折ピラミッド 赤のピラミッド ラクダに乗った警備の観光警察
写真拡大マーク屈折ピラミッド、暑い中バスを止めて6倍ズームで写しましたが遠くてこの程度にしか写りませんでした。
写真拡大マーク赤のピラミッド、大きな傷のようなところの下に入り口があります。
写真拡大マーク警備の観光警察、ここではラクダに乗って警備していました。ここの警備は車よりラクダの方がにあいます。
メンフィス
メンフィスは首都カイロから車で1時間ほど南下したところにあります。紀元前3千年頃までエジプトは南北(あるいは「上下」ともいわれます)エジプトに分かれていました。これをまとめ統一王朝としたのが古王国第一王朝のナルメル王だといわれています。そしてそのとき築いた首都がここメンフィスなのです。現在のメンフィスは往時の面影は全くなく、貧しい地方都市として目に映ります。周囲は農業地帯で野菜やナツメヤシの栽培が行われ都市機能らしいものは見あたりません。博物館には1820年に発見された全長15mのラムセス2世の巨像が展示され、トトメス王のアラバスター製のスフィンクスなどがあります。またダハシュールは軍事施設があり、以前は観光できませんでした、湾岸戦争の時にはここから戦闘機が飛んでたそうです。場内にはギザのホテルに咲いていた赤い花をつけた「ほうおうぼく」があちこちに咲いていました。
軍事施設の入り口? ナツメ椰子が繁る線路 乗り合いバス、走行中です。
軍事施設の入り口? ナツメ椰子が繁る線路 乗り合いバス、走行中です。
博物館内の展示物 ラムセスU世 スフィンクス
写真拡大マーク博物館内の展示物 写真拡大マークラムセスU世 写真拡大マークスフィンクス
サッカラ
紀元前2667年から約20年間にわたってエジプト支配したジェセル王のピラミッドは6段に重ねられた構造をしているところから通称「階段ピラミッド」と呼ばれています。底辺は140m×118m、高さは60mあります。このピラミッドが重要なのは、世界最古の石造建造物でピラミッドの原型だといわれていることだそうです。その後この階段型のピラミッドにはいろいろな改良が加えられ、長い年月を経て最終的に四角錐の形になったと言われています。
サッカラはピラミッドを含む各種祭殿や柱廊などを含み南北545m、東西277mという広大な遺跡が残っています。周囲を取り囲む塀は現在も修復が進められていますが、当時の状況が非常によく残されている貴重な遺跡だそうです。とにかく暑い、風が無ければとても耐えられない暑さ、この暑さの中我々のバスがつくとお土産を売る人たちが集まってくる、千円、千円と言っていろいろなものを売っている、何人かの人たちが模造品のネックレス等を承知で買い求めていたが、この地には余り観光客も来ないし、この暑さの中一日中売っていくらになるのだろう。この遺跡の近くで考古学で有名な吉村教授が発掘調査を行っているそうです。
巨大な石積みの入り口 太い円柱の柱が20m続く柱廊 階段ピラミッド
写真拡大マーク巨大な石積みの入り口、実際には周囲を塀で囲み13もの偽扉があったそうです。 写真拡大マーク太い円柱の柱が20m続く柱廊 写真拡大マーク階段ピラミッド
エジプト最後の昼食を食べた船上レストラン 船上レストラン ナイルの流れ
エジプト最後の昼食を食べた船上レストラン ナイルの流れ
帰国
13日間に渡るエジプトトルコの旅もいよいよ終わりです。バスの中で今回の旅は永かった人という問いに、半数近くの人が手を上げたでしょうか、私も、同僚も手を上げました。今まで9日間程度のツアーでしたが今回は環境条件が厳しい中での13日間、お腹の調子も今ひとつハードな旅でした。しかしエジプトはやはり一度は見ておいたほうが良い、結論からすれば若いうちにこの地に来ておいて正解でした。エジプトから帰路12時間、来るときと違い酒を飲んで殆ど寝ておりましたので行きほどの辛さはありませんでした。空港にはその国の臭いがするとガイドさんが言っていましたが成田空港は味噌汁の臭いだそうです。午後1時成田空港に無事到着、入国審査を済ませ荷物を受け取り破損を調べ添乗員さんに報告して成田までの旅は終了しました。今回のツアーでは25人のメンバーさんたち、皆さん旅なれた方たちで楽しい旅を毎日続けることが出来ました。ツアーメンバーの方たち、添乗員さん、そしてエジプト、トルコのガイドさんに感謝、感謝!!!!。
アラビア文字で書かれたエジプトのナンバープレート バスの中から見たエジプトタワー 帰りの翼、日本まで宜しく!!
アラビア文字で書かれたエジプトのナンバープレート バスの中から見たエジプトタワー 帰りの翼、日本まで宜しく!!

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