★大理到着 ★大理古城 ★崇聖寺三塔 ★大理にて |
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★大理古城 6月3日 | ||
現在の古城は明の洪武15年(1382年)に建てたもので、城壁一周の長さは6キロ、高さは約8m余り、幅は約6.5m余りで、東西南北には一ヶ所ずつ城門が造られ、その上にはそれぞれ通海、蒼山、承恩、安遠と名前の付いた城楼が建っていました。また四隅には角楼が建てられ、それぞれ頴川、西平、孔明、長卿と呼ばれていました。城壁の外壁はレンガ造りで、城壁の下は堀に囲まれ、城壁内の町は碁盤の目のように南北に5本、東西に8本の道が通っていました。これらの建築物はほとんど跡形も残っていません。ほんのわずかに残っているものもあり、南北の城門の一部は現在まで保存されています。南の城門は1982年に修復され、門の上には郭沫若の書による「大理」という文字がはめ込まれています。この地は標高が2000メートルもあり、日差しは厳しいのですが吹く風が涼しく人は沢山いるのですが、全体的にのんびりとした雰囲気でした。 | ||
大理古城南の城門 | 古城内 | 古城内 |
★崇聖寺三塔(スウショウジサントウ) | ||
三塔は大理古城の北西2キロ、蒼山応楽峰のふもとに建てられています。崇聖寺という寺院の中に建てられていましたが、寺院は倒壊しこの三つの塔だけが残っています。この三塔も度重なる地震で何度も損傷し、修復が繰り返されてきましたが両脇の塔は少し傾いています。主塔は千尋塔と呼ばれ、唐代に建てられたもので、方形の密檐式16層のレンガ造りで、中は空洞になっており、上に行くほど細くなり、高さは69.13m。塔の基礎部分は上下二層、下層部分の一辺の長さは33.5m、上層部分は21m。正面には、「永鎮山川」の文字が大きく書かれ、明の沐世階の書とされています。主塔の西側の南北にある小塔は宋代に建てられ、八角形の密檐式レンガ造り、10層で高さは43m。この塔の山側に大きな寺院が建設されました。しかし歴史的には何の価値も無い物でそのために入場料が上がりあまり歓迎しない建物として評判が良くないようです。 風さえなければ誰でもそれなりの写真が取れるようにあちこちに池を作ってくれているようで、そのうちの一箇所です。 |
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写真 塔の後方は田んぼと「じ海」 (南北41kmの湖で、面積246平方キロ) |
★大理にて | |||
藍染の絞りをしているところです。手間が掛かり大変そうですが売り子さんの中には日本語も少し出来る方もおり結構売れていました。私も一枚買いました。 |
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大理の空港です。大理市街が標高2000メートルあり、空港はさらに山の上にあります。気のせいか飛び立つ時にあまり上昇しないような気がしたのは私だけでしょうか。 |