2004年ボランティア日々の感想
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  2004年12月29日 今年をふりかえって
窓の外は牡丹雪が降っています。一年は早い、ボランティアをはじめてもうすぐ2年目に入ります。始めた当初はどうなることかと心配しておりましたが習うより慣れろで、日々体当たりで過ごしてきましたが、何とかなったような気がしております。今までなかったあらたな世界が少し見えてきたのかもしれませんが、まだまだ諸先輩の活躍を見ると大きなことは言えません。来年も無理をせず、少しずつ幅を広げていければと思っています。
2004年のボランティア活動を集計すると、ダンボ青葉定例会議 21回(25回) 中途障害者地域活動センター支援 30回(46回) 福祉体験授業支援 8回(7回) 施設行事支援 1回(8回) 作業所支援 22回(0回)   年間活動回数 82回(84回)    ( )内は2003年活動回数 
  2004年11月12日 バスハイク
中途障害者がバスハイクに行くと言うことで、サーポートのボランティアをすることになった。年に2回ほど行っているのだそうですが、私は今回初めての支援です。横浜の三渓園にいく予定でしたが、雨のため、港みらいのランドマークと横浜美術館に変更になった。施設の中なので車椅子を使用する人が少なく、一人に3人のサーポーたがついたので、特に苦労も無く支援することが出来た。港みらいは昔来た事があったがあまりの変わりようにおどろいた。またバリアフリーが徹底されており車椅子で移動するのにも何の問題もなく、昼食もピークをずらして早めにしたのでスムーズに行きサポータとしても楽しい時間を過ごすことができました。
  2004年9月6日 ビンゴボール
中途障害者のボランティア、いつもはいろいろなものを作るための支援作業であるが、今日と来週の月曜日は運動の日ということで、ボランティアは2名、先輩と参加の1日目である。障害を持った方でも出来る運動がいろいろあり、今日はビンゴボールということです。大きな紙を3×3に区切り、真ん中をホシ印にして1から9番の数字を書いたものを床に置き、数メートル離れたところから、少し重い皮のボールを投げて点数を取り合うゲームです。ホシを中心にして3個並ぶとビンゴで点数が加算されます。運動の日はほとんどボランティアを忘れて楽しんでしまいます。メンバーさんも無理なく運動が出来るので楽しんでいるようです。 来週は区役所の施設を借りて行うとのことです。
  2004年8月28日 ケアプラザーにて夏祭り設営支援
台風16号が来ており開催は無理と思いのんびりしていたが、電話があり、雨でも開催するので集合してほしいとのこと、会の先輩の車で会場に到着、外での開催を室内に変更するために会場の物を2階に上げる作業からスタート、次に会場に土足で入れるようにシートを全体に貼り付ける。その後は外に出て雨の中テントを2張り設営、提灯を張り巡らして我々の作業は終了した。雨でも食料などを買い込んでしまっているので延期や中止はできないのだそうです。我々のほかに多くのボランティアが駆け付け料理やいろいろなイベントの準備が行われている。雨は小降りでこのまま大降りにならないことを祈りながら支援終了した。今回は室内での作業があることを忘れて上履きを忘れてしまった。施設支援の場合は上履きは必ず持参することを忘れてはいけない。。
  2004年8月18日 写真付きの名簿を作成
8月になり今回で3日になる。なかなか名前を覚えられないので写真付きの名簿を作ることになり、7月2日に全員の写真を撮ったがお休みの人がいて、 その後何人かを追加で撮影した。どうしても撮れなかった方の撮影も済み、今回全員の写真が付いた名簿が出来た。これで少しは名前を覚えられそう、ボランティア用ロッカーの中に入れて活用することにした。8月にはいりお休みが多いのでなぜかと聞くと皆家族で旅行に出かけているとのこと、海外に出かける人もおり、皆楽しそうです。作業は単純作業ですが、いろいろ工夫してスピードを上げると共に、品質をいかに確保するかなど自分で工夫して行うことにより、面白さも出て飽きずに作業を進めることが出来ます。
  2004年7月2日 作業所にて
先輩が作業所のメンバーに折り紙を教えて、七夕飾りを作った。2日の日に飾り付けをしてお昼はソーメンパーティーをするという。是非来て写真をとってとの依頼。デジカメと銀塩の一眼レフをもって訪問、私を素早く見つけて部屋に入る前から声が掛かった。みんな元気だ。少し早かったので午前の作業を手伝い、その後ソーメンを皆で食べた。男の子は良く食べるが、女子も負けていない。七夕飾りを皆で先輩が持ってきた竹に付けて写真をとり、歌の先生のリードでハンドベルの演奏と歌を歌う。楽しい時間をすごす。さて写真だが、デジカメはISOの設定ミスで最初の方は失敗が多い。機材の立派さに腕のほうがついていかない。バカチョンカメラの癖で、手順を無視して撮るからこういうことになる。慣れるより慣れろだ、とにかく手順をしっかり頭に入れて、早くなれること。午後の作業を手伝って皆と帰る。次回は7日だ、最近、皆なれてきたのか私に対する笑顔が少し違ってきた、頑張ろう!!。
   2004年6月8日 定例会にて
前回の定例会議と今回の会議において、わが団体のメンバーがどのようなボランティアをしているかの調査結果が明らかになった。皆さんこの会以外にも多くの場所でボランティアをやっておられるのに驚いた。私などはとてもボランティアをやっていますなどといえる状態ではない。ボランティアに取り組む姿勢の問題であり真似は出来ないが、大きな顔をしている問題でもない。おとなしくしていなくてはならないな。さらに前回に引き続き小学校の児童と高齢者の交流による授業の活性化問題を検証するための高齢者ボランティアの授業アシスタントの話があり、皆さんで意見交換を行いました。皆さん積極的にこの問題に挑戦するとの方が多く、我が会でチャレンジすることになりましたが、私は授業のアシスタントはとても無理と判断して辞退しました。これでまた皆さんと差がついてしまったか?!!
男性だけのボランティアなので、発言も遠慮なく行われますが、前向きに取り組むメンバーが多く頼もしい限りです。
 2004年4月13日 知的障害者の学童保育に対する見守り依頼。
学童保育の見守りのボランティア依頼が来た、少し知的障害がある子どもとのこと。この件は都合の良い人がその日を担当すると言うグループでの対応というわけには行かない。担当を決めてやらないと子供のほうが大変だ。しかしわずか週2時間の依頼であるが、このような依頼に対してはなかなか難しい。昨年も同じような依頼があり対応できなかった。孫でも2時間ずっと見守っているのは大変た。ましてや他人の子どもが外で遊んでいるのを事故のないように見守るということは大変な作業になる。善意のボランティアで何かあった場合の責任まで考えると踏み出せない。子どもが人によってはなつかないこともある。さらにはこういったボランティアは情がうつりなかなかやめられなくなる可能性が高い、そのときの覚悟が出来ていないといけない。知的障害者に対する我々の知識もかぎりがある、などの問題が考えられる。このように本当に困っている方を支援することが必要ではあると思う。私も会社勤めのときなら自己研鑽のためとしてあらたな問題には積極的に取り組んだであろうが、この時期そういった考えで突き進んだら老後が会社勤めと同じになり、しがらみの中で生きていくことになりそう。私が今やろうとしている範囲(都合の良いときに少し)のボランティアではこの依頼には対応できない。こんな腰の引けたボランティアでも役に立つ所をがあるのでそちらで頑張りたい。
 2004年3月18日 しらとり台の作業所閉鎖
諸般の事情によりしらとり台の作業所を閉鎖して長津田に移転することになり、本日はメンバーさんとボランティア、社会福祉行議会の方たちを含めてさよならパーティーを開催するとのこと、小生は通常は昼食は辞退していたのですが、本日は特別の事情であり喜んでご馳走になることにした。朝から全員で野菜を切ったり、大根おろしを作ったりして準備を進めました。包丁を使うのはあまり機会が無いのかもしれないが、皆、なんとか責任を果たしたといったところ。お手伝い方は怪我をしないようにと神経を使う作業でした。お肉、ウインナー、焼きそば、野菜等いろいろあり、皆さんお腹一杯になるまで美味しくいただきました。食事のあとにダンボの会員の方の手品があり、今回は簡単な手品を皆で出来るように準備してきてくれたので、皆で手品をしてたりして大変もり上がりました。最後にハンドベルによる「星に願いを」他数曲の演奏がメンバーさんからありました。、本日欠席の方の代理を私がすることになり朝から練習をしておりましたが、なんと皆さんと一緒に演奏をすることができ大変楽しい時間を過ごすことが出来ました。明日一日はしらとり台での作業になりますが、その後は引越しをして長津田に移るのだということでメンバーさんも少し淋しそうでしたが、無事さよならパーティーを終了しました。私たちボランティアはなかなかメンバーさんの名前を覚えられないのですが、メンバーさんたちは大変早く我々の名前を覚えて名前で呼んでくれます。私も早く全員とは言わなくても名前を覚えないといけないなと思っておりますが、覚えるより忘れる方が先で困っています。
 2004年3月11日 小学生の車椅子体験学習の指導の方法について
小学生に対する福祉体験授業をおこなっているが、小学生はどの程度の理解力があり、どの程度のことであれば出来るのかを勉強するために、ダンボ青葉の先輩と小学校を訪問していろいろお話をうかがった。
@福祉教育に関しては、学校の判断でどのような形で実施するかを決めており、全ての学校が同じではありません。我々のような外部からの指導に対して、学校内ににマニュアルのようなものはなく、その学校の中の問題として、関係者と学校でそのときの話し合いで決めています。
A小学生は体験するのは良いが、それを街角で障害者がいたからと言って手伝いをすることは無理であり、あくまで体験の範囲でとめていくような指導でよいのではないか。障害者を見たら、お手伝いをしましょうかというような指導はしないほうが良い。車椅子の邪魔をしない、点字ブロックに物を置かないなどの二次的な協力を求める方が良いのではないか。大人でも車椅子を押すのはなかなか難しい。小学生高学年になれば大人を乗せて車椅子を押すことは出来るが、段差などをうまくこえることは無理であるから、手伝いをして帰って事故を起こしてしまう可能性を考慮すべきでしょう。
B車椅子の体験をするにあたり、無理をすることは無い、あくまで車椅子に乗った、押した、段差を越えたなどの経験をすればよいのであるから、危険を冒してコースを作る必要は無いと思う。体育館の中でポールやマットを使って障害物を作って経験する程度でも十分かと思う。
C小学生の理解力は一学年違うと大変違うので一概には言えないが、一年生はまだ幼稚園の続きだが4年生クラスになれば相当の理解力があるので普通に話せば理解できる。
D我々のようなボランティアが学校で指導するに当たり特に注意することは、言葉、差別言葉は勿論、悪気はなくても何気ない言葉で傷つくこともあるので注意が必要です。手を叩いても子どもを思う親心から体罰だということになることもある。また高学年の女子は大人として扱わないと、身体に触れたりすることに対しては注意が必要です。
大変貴重なお話をうかがうことが出来ました。私も小学生には直接のお手伝いは無理と考え指導は「困っている人がいたら出来る範囲で手伝いましょうとお話してきましだが、これからはもっと具体的に説明してあげないといけないと感じた。
 2004年2月26日 2回目の作業所支援
本日2回めの作業所の支援です。朝ドアを開けるとみんな作業を開始していた。前回同様歓迎してくれていると自分では思う。作業はビーチボールを一つずつ袋に入れて商品として梱包する作業。電気部品の組み立て、ネジの袋詰めで、私はビーチホールを担当した。流れ作業で私のところで止ると、後ろが空いてしまうのでとにかくいそがしい。後半は箱を組み立てる作業、これは前回やって要領を覚えていたので作業自体は相当早くできるようにはなっていたが、メンバーさんには負ける。1時間半近く集中してやると後半は集中力が途絶えて、あと行程のメンバーさんからミスを指摘されるようになり、お釈迦も何個か出してしまった。作業に集中できる時間は1時間程度が限界かも知れない。次回から休みをうまく取ってやらないと長続きしない。今日は休み時間に今までまったく話をしなかったメンバーさんから話しかけられお話をした。自分の手が片方使えないが使わないとますます動かなくなってしまうので動かさないといけないとのはなしで、さあ答えはなんとしたものかと考えたが難しく考えても仕方が無い、出来るだけ使おうというような話をしているうちに休み時間が終わった。
 2004年2月19日 初めての作業所支援
実際に支援してみた感想ですが、私の感じたところでは作業の支援はまったく問題ない。問題は作業スピードに私がついていけないことのほうであると感じた。しかしこれは出来る範囲でやるしかない。朝9.30分作業所、私の紹介と全員の自己紹介があり、何人かは以前ふれあい農園や、運動会で会っているので私を覚えている人もいたようです。みんな歓迎してくれているようなのでホッとしました。本日はふれあい農園にてじゃが芋の植え付けを行うとのこと、全員車に乗り市ヶ尾のふれあい農園にいく。他のボランティアの方々もお見えになり、じゃが芋の植え付けや野菜の取り入れが行われた。帰りに野菜をいただき、本日の味噌汁の実が出来たと喜ぶ。作業所に戻り作業開始、二班に分かれてネジの袋詰めと、箱の組み立てを開始、私語は我々のみでメンバーさんはまったくなし。12時までの1時間はあっという間に終わり食事の支度にかかるところでボランティアを終了ました。終ってみてなんとか協力をしてゆけるかなとの思いで帰宅しました。
  2004年1月13日 知的障害者の支援ができるか
昨年の1月にボランティアを開始しやっと1年がたちました。とにかく地域福祉に無関心で、したがって勉強もしていない。1年間は福祉関係の会話で問題発言が無いか、相手を傷つけてはいないかと神経を使ってきました。年始開けの会議で知的障害者地域作業所の作業支援について話し合いがありました。私にとっては昨年のボランティア開始があらたな体験のスタートでしたが、さらに今回はむずかしいのでは無いか、行事支援などで何度かお付き合いがありましたが、今回は定期的に支援を行うことになり責任も重くなる。私のような素人が協力できるものか自信が無く踏み出せないでいました。先輩たちが体験支援をした結果、作業のスピードが非常に早いので1日は体力的に無理であるが、半日であればできそうとの話しであり、数人の手が上りましたので、私も踏み出して見ることにしました。
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